今回は最初からネタバレです。
この小説は90年代の風俗、時事がポンポンポン、と年表形式にはめ込まれ、
これが主人公の文学史年表(主人公の父は生活史学者で、年表好きという説明がある)と
あいまって効果をあげていますが、これが面白いと思いました。
ヴォネガットの小説とは違って単一方向の時間の流れですが、
やはり時間がひとつの重要登場人物である小説の上で効果をあげていると思ったのです。
で、時事の中で「オウム真理教」といったきわどい話題が実名で書かれているのに、
新聞の名前が「毎朝新聞」と思いっきりありふれた偽名なのにオヤ、と思いました。
というのは、以前丸谷氏自身が小説批評のエッセイの中で
「毎朝新聞、というありふれた偽名は面白くない。
朝日とか毎日とか言い切ってしまった方が効果が上がる」
と書いていたからです。でもこの小説の中ではその新聞の記者が登場し、
その記者の思いやりのない書きぶりが物語を進める役割をしているので、
しょうがないかなあ、と思いました。
そういえば「女ざかり」の主人公は新聞の論舌委員ですが、やはり新聞社は
偽名だったと思います。
また「この小説の主人公は・・・」とか「ちょうどその頃・・・」などと、
講談調に作者(丸谷氏)がひょいひょいと顔を出すのも、
前に書いたことと矛盾しますがこの小説に限っては非常に効果を挙げていると思います。
フィールディングの「トム・ジョウンズ」というのがあって、
これは冒険小説のパロディによって冒険小説を書いた、
非常にすぐれた本ですが(岩波文庫になってます。朱牟田さんの翻訳も絶品)
これも各章の冒頭に作者が登場して「いやー面白い小説を書くのもなかなか大変で・・・」
とヒッチコック劇場のように話す、これが楽しい。
アシモフという人の短編集もそれが楽しいです。
でも、超絶技巧を要する名人芸で、誰でもやればいいってもんじゃないんでしょうが。